大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和58年(ワ)17号 判決

原告

小島満

右訴訟代理人弁護士

藤原充子

被告

右代表者法務大臣

鈴木省吾

右指定代理人

武田正彦

外六名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金二八〇万三三七〇円及び内金二五〇万三三七〇円に対する昭和五七年一二月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  主文と同旨

2  予備的に仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件競売手続の経過

(一) 債権者株式会社兵庫相互銀行(以下「兵庫相銀」という。)、債務者三建工業株式会社、所有者植田雅志(以下「植田」という。)間の高知地方裁判所昭和五七年(ケ)第八号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)について、同裁判所裁判官A(仮名)(以下「A裁判官」という。)は、同年一月二九日、別紙(一)記載1ないし11の各物件(以下、たとえば同記載2の物件は「物件2」と略称し、他の物件についても同様とする。)に対し不動産競売開始決定をした。

(二) 右の各物件について、同裁判所執行官B(仮名)(以下「B執行官」という。)は、A裁判官の命令により現況調査をしてその報告書(以下「本件報告書」という。)を作成し、また、不動産鑑定士C(仮名)(以下「C評価人」という。)は、同じく評価をしてその評価書(以下「本件評価書」という。)を作成した。そして、A裁判官は、本件報告書、本件評価書及び同裁判官の作成した物件明細書の各写しを、同年六月二九日以降同裁判所玄関ホールに備え置いて一般の閲覧に供した。

(三) 原告は、同年一二月二一日、物件2ないし11(以下「本件各物件」という。)を八三一万円で入札して入札保証金一〇五万六六〇〇円をB執行官に支払い、同月二二日A裁判官による売却許可決定を受けた。

(四) 原告は、同月二三日、閲覧に供された本件報告書等の記載が本件各物件の現況と異なっており全く別の物件を売却されたことを理由に、右売却許可決定に対して執行抗告(以下「本件執行抗告」という。)を行い、高松高等裁判所は、昭和五八年三月一五日、本件各物件のうち、物件2、4、5、6及び9に対する売却許可決定を取り消してその売却を不許可とし、物件3、7、8、10及び11につき売却を許可する旨の決定をした。なお、原告は、同年四月一一日、高松高等裁判所に右決定に対する準再審の申立をしたが、却下された。

2  売却許可決定の違法

本件報告書及び本件評価書によれば、本件各物件はそれぞれ別紙(二)記載のとおり特定されており、これを前提として現況調査、評価及び売却が行われているところ、その特定された土地(以下「調査地」という。)は、次のとおり、いずれも現況とは大きくかけ離れているから、原告に対する売却許可決定は、本件執行抗告及び準再審の結論いかんにかかわらず、すべて違法である。

(一) 物件2

調査地は物件2と全く別個の土地である。

(二) 物件3

調査地は楠瀬ヤスイの所有であり、物件3は、右楠瀬所有地の北側に所在する土地で、その範囲、境界も不明であるうえ、植田が村田喜誠に賃貸している。

(三) 物件4

調査地は物件4と全く別個の土地である。

(四) 物件5及び6

調査地は物件5及び6と全く別個の土地である。

(五) 物件7及び8

実際には両物件の間には他人の土地が介在しているうえ、両物件の範囲の特定も困難であり、概測面積も目測によるもので、調査地はあいまいである。

(六) 物件9

調査地は植田嚴朗所有の高知県吾川郡伊野町枝川字西尾立越六〇二七番一(以下にも本件各物件と別の土地を記載するが、いずれも伊野町枝川所在であり、字名と地番によつて表示する。)の土地であり、実際の物件9は、調査地から約八〇〇メートル離れた位置に所在し、四国電力株式会社所有の字成福寺六〇一三番五及び水田治栄所有の同六〇一三番二と隣接するが、舗装農道はなく素造成も全くなされていない山林で、実面積も不明である。

(七) 物件10及び11

両物件は、現実には調査地のように隣接してはおらず、その面積も公簿面積と著しく異なり、隣地との境界も不明である。

3  被告の責任

(一) 執行官の過失

被告の公権力の行使に当たる公務員である執行官は、民事執行法上、現況調査を行い、競売物件を誤りなく特定すべき職務上の注意義務がある。従つて、執行官は、執行裁判所から現況調査を命じられた場合には、受命物件所在地の市町村役場や管轄登記所に赴き、登記簿謄本、字限図(以下「切図」という。)、地籍図、大字図(以下「大図」という。)等の閲覧又は交付を受けるほか、債権者や債務者らに関係書面等を提出させ、又は当該土地所有者、近隣者と面接するなどして、受命物件の位置及び範囲を確定し、もし、右確定にかかる物件の位置及び範囲が競売物件の公簿面積及び公図上の位置と大きく相違しておれば、改めて現状と関係図面を十分に照合して競売物件の特定を行い、それでも物件の特定が困難であれば、その旨表示して、現況調査報告書を作成し、競売手続を進めるべき義務がある。

ところが、B執行官は、本件競売事件について、本件各物件の隣地者又は第三者から説明を求めることなく、所有者である植田の説明だけを信用し、更に指示された物件の現況が切図及び概況図面(二五〇〇分の一又は五〇〇〇分の一)とくい違つていたにもかかわらず、この点について十分な検討を怠り、漫然と本件報告書を作成した。

(二) 評価人の過失

(1) 評価人は、執行裁判所の評価命令を受け、公権力の行使として、受命物件を現認し評価すべき義務を有するから、執行官と同様、官公署へ赴き、登記簿謄本、切図、地籍図を閲覧、謄写するなどし、これらと所有者等の説明とを比較対照して競売物件を特定すべきである。

ところが、C評価人は、所有者である植田の説明のみを盲信して本件各物件の評価を行い、また、仮に公図等と植田の説明とを照合したとしても、評価人としての学識経験上、その相違を認識しうべきであつたのに、これを看過して評価を行つた。

(2) 評価人は競売物件を評価するに当たつては、その学識経験と能力の範囲内で巻尺等を用いて物件の面積を測定することを義務付けられ、特に境界については、近隣の所有者と面接してこれを確定すべき義務がある。

ところが、C評価人は、全く近隣者との面接をせず、かつ、物件3、7、8、10及び11を巻尺その他の測量器具も用いず、単に目測概測のうえ評価した。

(3) 仮に、競売物件が測定不能であつたとしても、航空写真を図形化した五〇〇〇分の一又は二五〇〇分の一の図面上の地番と対照することによつて競売物件を特定することが可能であり、評価人としては、職務上当然こうした手法を認識すべきであつた。

ところが、C評価人は右手法を認識せず、又はこれを怠つた。

(三) 執行裁判所の過失

(1) 本件のような山林の競売事件では、物件の所在等の把握が困難であることも少なくないから、執行裁判所としては、評価書、現況調査報告書作成の便に供するため、競売申立の際に債権者に物件の案内図及び民事執行規則二三条所定の登記簿謄本以外にもう一通登記簿謄本を添付させて、これらを執行官及び評価人に利用させ、もつて、現況調査及び評価を十分に行わせるべきである。

ところが、A裁判官はこれを怠つた。

(2) 執行裁判所は、物件明細書を作成し、これを備え置くに当たつては、現況調査報告書及び評価書を参考にし、もしこれらに不明の箇所があれば、関係人を審尋して事実関係を確定すべき義務がある。

ところが、A裁判官は、本件評価書が本件各物件の面積を概測してこれを評価した旨記載しているにもかかわらず、所有者、その他関係人を審尋することなく、物件明細書を作成した。

(3) 本件各物件は本件評価書認定の地積と公簿上の地積との間に差異があるから、執行裁判所はその旨併記して売却の公告をすべきである。

ところが、A裁判官は、これを怠つて公告をした。

(4) 仮に、執行裁判所において、物件明細書作成の段階で物件2、4、6及び9に係る調査地が別の土地であつた事実を認識し得なかつたとしても、原告が前記のとおり本件執行抗告をした段階では認識できたはずであるから、再度の考案により売却不許可決定がなされるべきであり、本件執行抗告の申立だけでは疎明が不十分と考えられる場合には、更に関係人を審尋したうえで売却不許可決定をすべきであつた。

ところが、A裁判官はこれを怠り、売却不許可決定をしなかつた。

(5) 仮に、物件3、7、8、10及び11については、執行裁判所のした物件の把握に誤りがなかつたとしても、原告は、昭和五八年三月二三日、本件執行抗告についての補充書で、これらの物件は公簿上の面積と本件評価書記載の面積とが大きく相違して、土地の実情を知ることができず、不確定である旨主張していたから、執行裁判所としては、この段階て本件競売事件の手続を停止して、関係人を審尋し、この点をまず明らかにすべきであつた。

ところが、A裁判官は、右審尋を行うことなく、競売手続を進めた。

(四) このように、国の公権力の行使に当たる公務員であるB執行官、C評価人及びA裁判官は、その職務を行うにつき過失があつたから、被告は原告に対し、後記損害を賠償する責任がある。

4  損 害

(一) 入札保証金 七五万九〇〇〇円

原告は、前記のとおり入札保証金一〇五万六六〇〇円を支払つたが、昭和五八年四月一一日、売却不許可となつた物件2、4、5、6及び9に係るもの二九万七六〇〇円についてのみ、返戻を受けた。

しかしながら、右残金七五万九〇〇〇円は本来原告が返戻を受けるべきであつたにもかかわらず、違法な売却許可決定によりその支払を余儀なくされたものであるから、原告は同額の損害を受けた。

(二) 執行抗告費用 一万四三七〇円

原告は、本件執行抗告のために左記の費用を支出した。

(1) 切図代 一二〇〇円

(2) 謄本印紙代 三八五〇円

(3) 執行抗告印紙代 三〇〇円

(4) 執行抗告のための調査費用 三五〇〇円

(5) 記録謄写代 五五二〇円

(三) 調査費用 二三万円

原告は、本件各物件を調査するために左記の費用を支出した。

(1) 物件調査のための雇人等に対する日当支払金 九万円

(2) セスナ機チャーター料 七万円

(3) 現地撮影写真代 七万円

(四) 特別事情による損害 一五〇万円

(1) 原告は不動産業者であつて、昭和五七年一二月二三日明神敏夫との間で本件各物件を一五〇〇万円で売却する旨の売買予約契約を締結していたが、物件2、4、5、6及び9につき売却不許可となつたことから、右契約の履行は不能となつた。

(2) 原告は右履行不能によつて経済的損失及び信頼の喪失を来たしたが、これを金銭で見積れば、売買代金の一割である一五〇万円が相当である。

(3) 被告は、前記売却不許可決定時には、原告が本件各物件を第三者に売却することを予見し、又は予見しうべきであつた。

(五) 弁護士費用 三〇万円

原告は、本件執行抗告の申立て及び本件訴訟の提起、追行を原告訴訟代理人に委任し、その着手金として三〇万円を支払つたが、これも被告の前記不法行為と相当因果関係のある損害に当たる。

5  よつて、原告は被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づき、右4(一)ないし(五)の損害金合計二八〇万三三七〇円及びうち弁護士費用を除いた二五〇万三三七〇円に対する不法行為の後である昭和五七年一二月二二日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2のうち、本件各物件がそれぞれ本件報告書及び本件評価書において別紙(二)記載のとおり特定されていることは認め、その余は争う。

3  請求原因3について

(一) 同(一)及び(二)は争う。

(二) 同三について

(1) 同(1)のうち、A裁判官が債権者に現地の案内図及び登記簿謄本を更に一部提出させなかつたことは認め、その余は争う。

(2) 同(2)のうち、A裁判官が関係人を審尋せずに物件明細書を作成したことは認め、その余は争う。

(3) 同(3)及び(4)は争う。

(4) 同(5)のうち、A裁判官が原告のそのような主張の後、本件競売事件の手続を停止しなかつたことは認め、その余は争う。

(三) 同(四)は争う。

4  請求原因4は知らない。

三  被告の主張

1  執行制度の設営及び運用について

執行制度は国が設営し、執行手続は裁判所が主宰するものである。執行手続において物件を競売に付するについては、当該物件についての正確な情報を入手して、その形状、範囲、権利関係等を明確にしたうえでこれを売却することが理想であるが、執行手続においては、債務者(所有者)自身が物件を売却するのとは異なり、物件についての正確な情報は裁判所にはない。そこで、裁判所は、執行官に対象物件の調査をさせるわけであるが、現実に執行官が物件の調査をするについては、特に山林の場合、一般に公図の記載には、斜面を平面上に図示することや縄延びなどの関係から、面積等に不正確なものが多いばかりでなく、現地復元性のある不動産登記法一七条所定の地図(以下「一七条地図」という。)がまだ整備されていないなどの事情から、調査に困難を伴うことがあるのが現状である。この点については、対象物件の形状、範囲、権利関係等を明確にするために、たとえば境界確定訴訟で物件の形状、範囲等を確定することも一応は考えられる。しかし、執行制度を設営し運営する国には、他面で迅速かつ経済的な執行制度を維持する義務があるのであつて、競売の対象物件の形状、範囲、権利関係等を明確にするために、何年も歳月を費やし、対象物件の価額よりもはるかに高額な費用をかけなければならないなら、もはや債権者の権利の迅速な実現という執行制度本来の存在価値は失われてしまう。

そこで、執行制度を設営する国としては、以上のように調査のためには時間的にも経済的にも制約があるほか、これに投入できる人的、物的な手段にもまた自ずから限界があり、しかも、本件のように通常は最も信頼度が高いとされる所有者の供述でさえ信頼できない場合がありうるという実情に鑑み、受命物件の調査の過程及び結果を克明に記載した現況調査報告書等を閲覧に供し買受申出人の注意を喚起することによつて、執行手続の過誤を極力防止するとともに、執行手続で問題が生じたときは、その手続内で異議、抗告等の不服申立てができるようにし、これにより可及的に救済を図るよう制度を整えているのである。

このように、執行制度を設営する国としてはできる限り損害回避の施策を用意しているが、それにもかかわらずなお損害が生じた場合において、その真の原因が国以外の第三者にあるのに、国がその賠償をしなければならないとすれば、国の負担は無制限に増大し、国民は到底その負担に堪えきれない。

以上のような執行制度の下において、執行官その他の職員に過度の注意義務の遵守を要求することは、特に迅速であることを要求される民事執行の円滑な運用を妨げ、他の多数の関係者に迷惑を及ぼす結果ともなりかねないから、執行手続に国賠法上の違法ないし過失があるか否かを判断するに当たつては、当該公務員の置かれている具体的な状況のもとにおいて、通常どの程度の注意義務が期待できるのかを慎重に判断すべきである。

2  評価人の過失について

(一) 国が国家賠償責任を負担する基礎には、国の指揮監督ないしはコントロールに属している私人が、国民に損害を与えた場合に、国において損害をてん補しようとの思想が横たわつている。すなわち、基本的には、国のコントロール下にない私人の行為について国が責任を負う理由はなく、それはまさに私人個人の責任である。従つて、当該私人が国賠法一条一項所定の「公務員」であるかどうかを考えるに当たつては、当該私人に委託された事務が、国又は公共団体の指揮監督の下に行われるものか、それとも当該私人が独立して自己の判断に基づいて行うものか、ということを基本にして、かつ、右事務がそれ自体において公権力性を有するか否かということを併せて検討したうえで判断すべきである。

そこで、評価人が国賠法一条一項所定の公務員であるというためには、少なくとも評価人が国の指揮監督の下にあること及び評価人の行為が公権力行使性を有することの二要素が必要である。

(二) ところで、評価人は、執行裁判所が不動産を競売するに当たり、対象物件の適正な評価をするために、執行裁判所が選任した不動産鑑定士等であり、執行裁判所はその専門的な知識と経験を活用して対象物件の適正な評価を行つている。すなわち、評価人は、民事訴訟法所定の鑑定人と同様に、裁判所から独立して専門的意見を述べるに過ぎず、国との間に身分上の関係がないことは明らかであり、ましてや執行裁判所の補助機関ではない。また、評価人は執行官の職務とは関係なく独立して自己の専門的知識により評価を行うのであるから、執行官の履行補助者ともいえない。

更に、不動産の鑑定にみるように、評価人の行う評価は私経済作用というべきものであつて、公権力を行使するものでないことはいうまでもない。

(三) 以上のとおり、評価人は、国の指揮監督の下にあるわけではなく、その行為が公権力行使性を有するものでもなく、前記二要素のいずれの面からも国賠法一条一項所定の公権力の行使に当たる公務員とはいえないから、評価人の行為を原因とする原告の請求は理由がない。

3  執行官の過失について

(一) 執行官が現況調査を行うに当たつては、常に必ず、市町村役場や登記所から公図等の交付を受け、かつ、債務者又は近隣の土地所有者と面接しなければならないわけではなく、執行官のとるべき具体的措置は、前述した執行制度の本質的制約の下において、具体的事案に応じた執行官の合理的判断に委ねられているというべきである。

(二) 本件でB執行官のした現況調査の状況は、次のとおりである。

(1) 物件2

(イ) 植田は、別紙(四)表示の①点(以下「①地点」という。なお、同別紙表示の他の地点についても同様に表示する。)付近において、「物件2の西側隣地との境界は、別紙(四)表示の道A(以下「道A」という。なお、同別紙表示の他の道路についても同様に表示する。)の西側に下(南)向きに続いている畝(分水嶺)で、その途中にしの竹が目標として植えてある。そのしの竹付近から下は新しく山を切り取つた急斜面となつているが、その急斜面の下端までが物件2であり、急斜面上の境界線は、しの竹を通る畝を下まで延長した線である。物件2の東側は林相が多少隣地と異なつており、ほぼ直線に空間のある箇所で、これが東側隣地との境界である。南側は下の平地と前記急斜面との境が境界線である。」と指示説明した。

(ロ) 切図によれば、物件2は公道に接したおおむね三角形の形状をした土地であるところ、植田の指示した土地を当時評価人が持参した二五〇〇分の一及び五〇〇〇分の一の航空測量図(以下「本件航空図」という。)に記入した結果もおおむね三角形となり、また、植田の指示した右土地の西側に沿つて切図上の公道と思われる道があり、公図と現地はほぼ一致した。更に、右土地の南側の山腹が近年相当大きな法面掘削工事を受けた状態を呈していたところから、B執行官は、当時右工事に関して所有者と地方公共団体等との間で何らかの折衝があつたものと判断した。

(ハ) もつとも、切図上は物件2の内部を通る道の表示がないにもかかわらず、植田が指示した右土地には、その内部を南北に通る道Aがあつたので、B執行官がこの点につき、同人に問いただしたところ、同人は、「この道は昔からある赤線道ではなく、近年作られた道で、この道に取られたため、道より西にわずかに物件2の一部が残るようになつた。」と説明した。

(ニ) B執行官は、右土地の現況及び植田の説明を総合し、同人が物件2の位置、範囲等を正確に把握しているものと認めた。

(2) 物件3

(イ) 植田は、③地点付近において、「物件3はこの竹やぶで、東側との境は、ここから下(北)側へ降りる道であり、その南側の畑は他人の物である。」と説明して東側及び南側隣地との境界を指示し、次に④地点付近で西側隣地との境界を指示したうえ、「この山林の下(北)は畑に接しており、その畑との境が北側隣地との境界線である。」と説明した。

(ロ) 切図によれば、物件3はおおむね台形の形状をしているところ、植田の指示した土地を本件航空図に記入した結果もおおむね台形状となり、両者は形状においてほぼ一致した。更に、同物件は公図上公道に接しているが、B執行官が植田から指示を受けた右土地も公図上の公道と思われる道に接しており、公道との位置関係が公図と一致すると認められた。

(ハ) 植田が物件3として指示した土地は、竹林で隣地と地目又は林相が全く異なり、かつ、別紙(四)表示の植田方(以下「植田方」という。)に近く、竹、筍の採取等で常に同人による現実の管理がされていると認められた。

(ニ) B執行官は、右土地の現況及び植田の説明を総合し、同人が物件3の位置、範囲等を正確に把握しているものと認めた。

(3) 物件4

(イ) 植田は、⑤地点付近において、「ここが字實光五九四二番の土地である。裁判所の書類では『字寛光』となつているが、『字實光』の誤記である。」と訂正した。B執行官はこれを聞いて、植田が物件4を知悉していると判断した。次に植田は南西方向に向かつて、北側隣地との境界点を指示し、「物件4は⑤地点を通る公道から崖沿いに少しの部分と崖の部分とであり、同公道までの間で平地になつている所は元は物件4であつたが、土を取つて平地になり他人に売つたので除かれる。崖沿いに雑木を伐採し、隣地の雑木林とは林相が異なる部分があるが、その部分が物件4の崖沿い部分である。」と指示説明した。

(ロ) 切図によれば、物件4はおおむね三日月形の形状で公道に接しているところ、植田の指示した範囲を本件航空図に記入した結果も、おおむね右と同様の形状となつた。また、右土地は植田方から直接見える場所と距離にあり、かつ、最近まで土を採取していた状態を呈しており、常に植田による現実の管理がなされていると認められた。

(ハ) もつとも、切図上物件4は公道に囲まれていたので、B執行官が植田にこの点を問いただしたところ、同人は、「北側、西側及び南側隣地との境界である現在の雑木林と雑木を切つてある土地との境界沿いに公道がある。昔は道も分かつていたが、今は全く分からなくなつている。」と説明した。

(ニ) B執行官は、右土地の現況及び植田の説明を総合し、同人が物件4の位置、範囲等を正確に把握しているものと認めた。

(4) 物件5及び6

(イ) 植田は、道Bのヘアピン状カーブの地点(⑦地点)において、「この山林が物件5及び6である。これらは一連の山林で、上が物件5、下が物件6であるが、その筆界はわからない。東側隣地との境界は、道Bより上(北西)方向は同道沿いにある畝(⑦地点付近から⑧地点付近まで北西方向にある畝)であり、下(南東)方向は畝沿いの小道で、下(南)の畑との境までである。」と説明し、畝及び小道を指示した。また、植田は、「南側隣地との境界は山と畑の境で、はつきりとしている。西側隣地との境界は谷で、これを上に登ると道Bのあたりから畝状のところがあり、そこからは右畝が境で、これが東側隣地との境界である前記畝と交差する。この山林の下(南)の方には墓地があるが、右墓地もこの山林に含まれる。」と説明し、⑦地点から道Bを少し登つた⑧地点付近で上(北)部境界点を指示した。

(ロ) B執行官は、物件6の切図を確認したところ、切図上も植田の説明どおり墓地の表示があつたほか、本件航空図にも同人の指示した土地に墓碑の記載があつた。また、B執行官は、道Bのすぐ脇にシートで覆つた農業用資材が保管されているのを現認したので、同人が物件5及び6として指示した範囲の土地を現実に管理していると判断した。

(ハ) もつとも、切図の上では物件5及び6の内部を通る道の表示がないにもかかわらず、植田が両物件として指示した土地にはその内部を走る道BがあることにB執行官が気付き、同人に問いただしたところ、同人は、「この道は昔からある赤線道ではなく、近年ついた農道であるが、まだ町への分筆登記はされていない。」と説明した。また、植田が物件5と指示した土地は物件6と接し、切図と符合しないので、B執行官がこの点につき同人に問いただしたところ、同人は、「物件5及び6は一連の山林で、公図にどうあろうと、この山林には他人の山は入つていない。昔からこの山林を自分の山として管理しているが、紛争は皆無である。」と説明した。

(ニ) B執行官は、右土地の現況及び植田の説明を総合し、同人が物件5及び6の位置、範囲等を正確に把握しているものと認めた。

(5) 物件7及び8

(イ) 植田は、⑨地点付近において、「物件7及び8は三〇年近く行つていないので、途中を刈り開けないと現地に行けない。ここから遠望できるので、ここから位置、範囲を指示する。」と述べ、「両物件は、向う(南東方向)の山の稜線上の五、六本木のある所の下の段々畑状の所で、左(北東)側は大きな段が二段あり、右(南西)側は小さい段がいくつもある。その境目に上下に細長くある段々畑状の土地で、もとは切畑であつたが三〇年来放置してある。右(南西)側隣地との境界は、ほぼ一列にある木の線であり、左(北東)側隣地との境界は畑の段の形が異なつており境ははつきりしている。上部の境界(南東側隣地との境界)は稜線の森状のところとの境界ではつきりしており、下部も隣地山林との境界ははつきりしているが、下部は手前の山林に隠れて見えない。両物件の筆界は、左側の土地の大きな段の下の段を右へ延長したあたりである。物件8は、ここからはその一部しか見えていない。」と指示説明した。

(ロ) 植田が物件7及び8として指示した土地は、その左右の段々畑とは明らかに異なつて木が生えており、その奥の方は山際に一列に五、六本の立木があり、手前は近くの山に隠れて見えなかつた。

(ハ) なお、物件7及び8は、いずれも切図の上では端の方に記載されているために公図のみからは現地を特定しにくいものであつたが、本件航空図には、植田が指示説明した範囲に隣地とは地物、地形が異なる旨の記載がなされており、その記載と同人の指示説明とが符合した。

(ニ) B執行官は、右土地の現況及び植田の説明を総合し、同人が物件7及び8の位置、範囲等を把握しているものと認めた。

(6) 物件9

(イ) 植田は、⑩地点から南へ約一〇メートルの地点で北方を指示し、「木の間にすき間のある点が畝であり、物件9の南西角(⑩地点)である。南側隣地との境界線は、この南西角から東へ、南側畑との境にある崖の上端沿いにまつすぐ下(東)へ降り、道を横切つて下の水路(⑫地点と⑪地点とを結ぶ道Cの東側下を流れる水路)まである。」と説明した。

B執行官は、右指示説明を受けて他の物件の調査をした後、再び物件9について調査した。その際植田は、⑫地点において、「このあたりから南が物件9で、ここからあの境木への直線が北側の境界である。」と説明し、同地点西上方(⑬地点)にある少し大きな雑木を指示し、「下は、下の谷までであり、境界も今いつた線を延長した線である。」と説明し、更に、「上の境界(西側隣地との境界)は畝で、畝沿いに道がある。下の境界(東側隣地との境界)は前記水路であり、物件9が水路際まで行つている。」と述べ、同所から道Cを南へ行つた地点(⑪地点)において、「南側隣地との境界線は、このあたりを通る。」と指示説明した。

(ロ) 植田が物件9として指示した土地は、前にB執行官が現況調査の際に、同道させた兵庫相銀の行員榊久俊が指示した所と一致し、また、右土地は植田方のすぐ裏にあり、現に土を採取していたので、B執行官は、植田が右土地を常に現実に管理していると判断した。

(ハ) B執行官は、植田が物件9として指示した土地の中を南北に走つている道Cと物件9の切図に記載された公道(物件9の境界線に沿つて存在する。)とが符合しないことに気付き、同人にこの点を問いただしたところ、同人が、「現在ある道Cは、近年になつて部落の出捐で作つたもので公図にはない。公図の公道は、物件9の裾の谷沿いにあつたが、使われていないため現在は分からなくなつている。」と説明したので、指示された山林の東側の谷沿いを見分したところ、公道と思われる道が存在していた。そこで、B執行官は、植田の指示物件と公図とはほぼ符合していると判断した。

(ニ) B執行官は、右土地の現況及び植田の説明を総合し、同人が物件9の位置、範囲等を正確に把握しているものと認めた。

(7) 物件10及び11

(イ) 植田は、⑨地点付近において、西側山林を指示し、「これが物件10及び11の山林である。」と述べ、両土地の筆界として右山林内の道Dのすぐ上(西)にある松及びそのすぐ右(北)側あたりをまつすぐ見通した線を指示し、「物件10は右筆界の北側、物件11は南側である。」と説明し、物件11と南側隣地との境界として、南方にある山桃の木の向かい側付近(道Dの西側)を指示し、更に、「物件10の山林は道Dの下まで至つており、もう少し道Dを西へ進んだところでは道の下も物件10である。」と説明した。

次に、植田は、⑭地点付近において、畑を指示し、「ここまでが本件山林であり、西側隣地との境はこの畑の西の縁を延長した線である。」と説明し、更に⑮地点付近で「この付近では道路の上下とも物件10の山林であり、下は谷までである。」と説明した。

(ロ) B執行官は、植田の指示した範囲を現認し、そこに同人の指示どおりに現に耕作中の畑部分があつて、現実の管理がなされていると目されたことなどから、同人が物件10及び11の位置、範囲を熟知しているものと判断した。

(三) 原告は、B執行官の現況調査に不備があつたと主張するので、この点について反論する。

執行官は、常に必ず、市町村役場や登記所から公図等の公付を受け、かつ、債務者又は近隣の土地所有者と面接しなければならないわけではなく、執行官のとるべき具体的措置は、前述した執行制度の本質的制約の下においては、具体的事案に応じた執行官の合理的判断に委ねられているというべきである。

本件の場合、B執行官は伊野町役場へ赴き、切図を入手したうえ、地物、地形が正確に記載されていると考えられる本件航空図を入手したが、受命物件全部を一枚の図面に記載した旧土佐郡枝川村の大図は、当時修理中で同町役場にもなかつたので、入手できず、一七条地図も存在しなかつた。そこで、B執行官は、入手できた切図及び本件航空図を持参して現地に赴き、同道した山本評価人の協力を得ながら、前記のとおり、現地と右図面とを照合して受命物件の位置、範囲を確定しているのであつて、この点につき何ら不当、違法はない。

次に、一般的にいつて、山林については、隣地所有者は受命物件について必ずしも正確な知識を有しておらず、また、現況調査において非協力的な場合が多いのに対し、受命物件の担保価値を正確に把握して担保権を設定していると考えられる申立債権者や受命物件の所有者は受命物件を知悉していると認められるのであつて、これに前記執行制度の本質的制約をあわせて考慮すれば、現況調査を命じられた執行官は、所携の公図と照合しつつ現地を見分したところと、受命物件に関する申立債権者又は所有者の指示説明とが符合し、その間に不審な点が認められない場合は、これによつて受命物件を特定すれば足りうるのであつて、このような場合にまで必ず近隣の土地所有者の指示説明を求めたうえで受命物件を特定しなければならない理由はないというべきである。

本件の場合、B執行官は、植田が受命物件のすぐ近くに居住し、長年にわたつてその管理をしていたことなどから、受命物件の状況等を知悉している者であると認め、かつ、同人の本件各物件の位置、範囲等に関する前記指示説明が具体的で右図面や現地の状況と照らし合わせても不合理な点を認めることができなかつたことなどから、同人の指示説明に高度の信頼性があると判断したものであつて、その判断に格別不合理な点はなく、本件における同執行官の物件特定の方法は相当であつたというべきである。

(四) 以上のとおり、B執行官は、公図及び航空測量図に照らしながら、本件各物件について植田の指示説明と現地との整合性を慎重に検討したうえで同人の指示物件を本件各物件と判断したのであつて、その判断には合理性があるから、B執行官のした現況調査には何らの違法も過失も存在しない。

4  執行裁判所の過失について

(一) いかなる場合に裁判官の裁判作用が国賠法の適用を受けるかについては諸説あるが、少なくとも、当事者が裁判官の裁判に対し、訴訟法上認められた救済方法を尽くしたものの、これが認められなかつたような場合には、特段の事情がない限り、当該裁判官の行為につき、同法上の違法はないものと解すべきであるところ、本件では、原告は執行裁判所のした売却許可決定に対して執行抗告という執行法上の救済手続を利用したが、物件3、7、8、10及び11については、執行裁判所のした売却許可決定が抗告審において維持されており、他に特段の事情も存しないから、これらの物件についてはA裁判官につき、国賠法上何らの違法もない。

また、物件2、4、5、6及び9については、本件執行抗告に対し、執行抗告裁判所が執行裁判所の売却許可決定を取り消しているから、この点については、執行裁判所がした裁判(売却許可決定)に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在したことにはなる。しかし、裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によつて是正されるべき瑕疵が存在したとしても、これによつて当然に国賠法一条一項の規定にいう違法な行為があつたものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけのものではなく、右責任が肯定されるためには、当該裁判官が違法又は不当な目的をもつて裁判をしたなど、裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認めうるような特別の事情があることが必要と解すべきであるところ、本件では、執行裁判所を構成するA裁判官に右のような特別の事情があつたわけではないから、原告の主張は、物件2、4、5、6及び9に関する部分についても同様に失当というべきである。

(二) また、原告は、執行裁判所が執行官及び評価人において競売対象物件として現況調査及び評価をした不動産の所有関係に関する調査の方法を尽くしていないとるる主張するので、この点について反論する。

(1) 請求原因3(三)(1)について

執行裁判所には法律上原告の主張するような義務はないのみならず、本件では、B執行官が、現況調査をするために裁判所において登記簿謄本を閲覧し対象物件の所在をメモしたうえ、前記のごとき手段を尽くしているので、この点につき遺漏はない。

(2) 同(2)について

執行裁判所に提出された本件競売事件の一件記録には、原告主張のような対象物件の位置、範囲等に疑問を抱くような点はなかつた。なお、原告は本件評価書が物件を概測した点を問題にするが、本件では、地物、地形が正確に記載されている航空測量図を利用して本件各物件の位置、範囲が特定されているので、この点につき執行裁判所が疑問を抱かなかつたのは、当然である。

(3) 同(3)について

執行裁判所は、原告主張のとおり、本件評価書による地積と公簿上の地積の双方を公告している。

(4) 同(4)について

執行裁判所は、本件執行抗告の申立について植田及び物件9の隣地所有者二名を審尋したうえ、再度の考案を行つた結果、本件各物件のうち、物件2、4、5、6及び9について実質上売却不許可とすべきであるとの判断に達したが、この段階で右対象物件のみを売却不許可にするよりは、その旨の意見を付して執行抗告裁判所(高松高等裁判所)の判断を仰ぐほうが競売対象となつた全物件につき統一した結果が得られると判断し、その旨の意見を付して執行抗告裁判所に事件を送付したものであり、その後執行抗告裁判所は昭和五八年三月一五日右執行裁判所の意見と同趣旨の決定をし、執行裁判所の右見解を支持している。

(5) 同(5)について

原告の本件執行抗告の申立ては昭和五七年一二月二三日になされて高知地方裁判所昭和五七年(ソラ)第四号として受理され、執行裁判所は意見書をつけて高松高等裁判所に事件記録を送付し、同高等裁判所は昭和五八年二月一八日付けで右事件を同高等裁判所昭和五八年(ラ)第七号事件として受理している。従つて、執行裁判所としては、原告の主張する同年三月二三日においては、もはや事件記録を送付した後であり、本件につき再度の考案をする機会もなく、関係者を審問(審尋)する余地もなかつた。

(三) 以上のとおり、本件ではA裁判官に何ら過失はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本件競売手続の経過について

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二本件各物件について

本件報告書及び本件評価書において本件各物件がそれぞれ別紙(二)のとおり特定されていることは、当事者間に争いがないところ、〈証拠〉並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、〈証拠判断略〉他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

1  物件2は、調査地と別の場所に所在し、その概況は、別紙(三)1記載のとおりである。

2  物件3は、ほぼ調査地に該当するが、植田が村田喜誠に一年間米一斗の割合による賃料で賃貸しており、その正確な形状及び面積は不明である。

3  物件4は、調査地と別の場所(別紙(四)表示物件4′付近)に所在し、その概況は、別紙(三)2記載のとおりである。

4  物件5は、調査地と別の場所(別紙(四)表示物件5′付近)に所在し、その概況は、別紙(三)3記載のとおりである。

5  物件6は、調査地と別の場所に所在し、その概況は、別紙(三)4記載のとおりである。

なお、本件報告書及び本件評価書では、物件5及び6は、一体の画地を形成しているとされているが、実際にはこれらの土地の間には字薊谷五九五二番イの土地が介在している。

6  物件7及び8は、ほぼ調査地に該当するが、一体区画のものではなく、両物件の間には字横峯五九九六番の土地が介在している。

7  物件9についての調査地は、実際は植田の長男植田嚴朗所有にかかる字西尾立越六〇二七番一(もつとも、植田はその前所有者の一人であつた。)であり、実際の物件9は、右土地のはるか北東(別紙(四)表示の物件9′付近)に所在し、四国電力の鉄塔(同表示の鉄塔)用地である字成福寺六〇一三番五に隣接する山林で、植田を含む枝川八代部落住民六名の共有地であるが、その境界及び面積は明らかではない。

8  物件10は、ほぼ調査地に該当するが、実際の境界及び面積は不明である。

9  物件11は、ほぼ調査地に該当するが、実際の境界及び面積は不明である。なお、同物件の北西端の畑は、実際には他人に賃貸していた。

三被告の責任について

1  評価人

原告は、評価人は被告の公権力の行使に当たる公務員である旨主張する。しかしながら、評価人は執行裁判所によつて選任され、執行裁判所の評価命令に基づき、競売物件である不動産の適正な評価を行うべき立場にあるが、執行裁判所又は執行官の補助機関として右評価を行うものではなく、裁判所とは身分上の関係もなく、裁判所から独立して、専門家として自己の意見を述べるにすぎないから、公権力を行使するものではない。

従つて、評価人は執行裁判所又は執行官の補助機関ではなく、また国賠法上の職員にも該当しないから、C評価人の過失を理由とする原告の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

2  執行官

(一)  〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められ、〈証拠判断略〉、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) B執行官は、昭和五七年二月五日に執行裁判所から本件競売事件につき、現況調査を命じられ、現況調査に着手した。まず、B執行官は、別紙(一)1ないし11記載の各物件の登記簿謄本(民事執行法四八条二項による登記簿謄本)を執行裁判所で閲覧し、物件の特定、所有関係の移動、制限物権の有無などを確認したのち、公図等の調査をしたが、右物件の所在する枝川地区では一七条地図、地籍図が存在しないことが判明したので、同月一〇日に伊野町役場を訪れ、枝川地区(旧土佐郡枝川村)の大図及び切図の写しの交付を求めたところ、切図については交付を受けたものの、大図については存在しないとの理由で交付を受けられなかつた(大図は実際には存在していたが、当時は修復中で町役場になく、閲覧、謄写のできない状態にあつた。)。次いで、B執行官は、高知地方法務局伊野出張所に赴き、同庁備え付けの旧土地台帳付属地図を閲覧して切図と対照した結果、相違のないことを確認した。

(2) B執行官は、同月一二日、C評価人と共に植田方に赴いたが、植田は不在であつたため、同人の妻に競売物件の所在を尋ねたところ、知らないと言われたので、同日は実地調査ができず、植田に連絡するよう伝言を依頼した。

その後数日を経過しても植田から連絡がなかつたので、B執行官は、同月一六日に本件競売事件の債権者である兵庫相銀高知支店の担当者に現地の指示を求め、担当者榊久俊とともに現地に赴いたが、同人は、競売物件はおおよそ別紙(四)表示の物件9並びにその北西及び南西の三箇所に所在すると思うが、物件9以外の物件の位置及び範囲は知らない旨説明した。

(3)その後、植田からB執行官に連絡があつたので、同執行官は、植田に対し、予め競売物件を調査しておくよう依頼し、同年三月二日、C評価人とともに現地に赴き、植田から本件各物件について指示説明を受け、C評価人の協力を得て、その場でこれを特定したが、その詳細は、次のとおりである。

(イ) 物件2

① 植田は、①地点付近において、西側隣地との境界は、①地点と②地点とを結ぶ道Aの西側に南向きに続いている畝で、これが公道であること、右公道の途中には、しの竹が植えてあり、これから南は新しく山を切り取つた急斜面を形成しているが、その下(南)端の線が南側隣地との境界であること、東側隣地との境界は、ほぼ直線上にある細い空間をはさんで林相が異なつている所で、これが右南側境界線まで続いていることをそれぞれ説明した。

② 字清水越の切図によれば、物件2は、公道に接したほぼ三角形状の土地であるところ、植田の指示した右土地をC評価人が本件航空図に記入した結果(別紙(四)表示の物件2)もおおむね三角形の形状となり、また、右土地の西側に沿つて公道と思われる道があつたことから、切図と現地はほぼ一致した。更に、右土地の南側の山腹で近年相当大きな法面掘削工事が行われた跡があつたが、このことについて植田は、公的機関に使用させたと説明した。

③ もつとも、右切図には物件2の内部を通る道の表示がないにもかかわらず、植田が指示した範囲の土地には、その内部を南北に通る道Aがあることから、B執行官がこの点を問いただしたところ、植田は、右道路は同人が近年自己の土地を提供して開設したもので、公道ではなく、これが造成されたために、その西側にはわずかに物件2の一部が残るにすぎなくなつた旨説明した。

④ B執行官は、右①ないし③の各事情及び植田の指示した右土地が植田方からよく見える場所にあり、同人が十分管理していると認められたことなどを総合して、同人が物件の位置、範囲等を把握していると認め、植田の指示した前記土地を物件2と判断した。

(ロ) 物件3

① 植田は、③地点付近において、物件3が竹やぶで現在も同人が竹、筍を採取していること、東側隣地との境は、同地点から北へ直線に下る踏み分け道であり、南側隣地との境は、同地点から東西に延びている幅員約一メートルの公道の北側の稜線である旨、また、④地点付近において、西側隣地との境は竹やぶが雑木林に変わる所であり、北側隣地との境は物件3北方の斜面のうち、畑と竹やぶとの境である旨それぞれ説明した。

② 字川原田の切図によれば、物件3は、公道に接するほぼ台形の形状をした土地であるところ、右植田の指示した土地をC評価人が本件航空図に記入した結果(別紙(四)表示の物件3)と形状においてほぼ一致したうえ、東西方向で公道と思われる道路と接していた。

③ もつとも、B執行官は、植田の指示した土地の面積が物件3の公簿面積とは相当異なつていると考えたため、植田にこの点を問いただしたところ、植田は、字川原田の土地はこれしかなく、先祖代々薪や筍を採取し、現在も自ら管理している土地であるから、物件3に間違いない旨述べた。

④ B執行官は、右①ないし③の事情及び植田の指示した土地が竹林で、地目及び林相が隣地と全く異なつており、同人による現実の管理が行われていると認められたことなどを総合して同人が物件の位置、範囲等を把握していると認め、同人の指示した前記土地を物件3と判断した。

(ハ) 物件4

① 植田は、⑤地点付近において、競売開始決定書に「字寛光」とあるのは「字實光」の誤記であると指摘したうえ、物件4は、崖よりも上の部分であり、近年同物件の雑木を伐採したから、西、南及び北側隣地との境界は、それぞれ林相の異なつている箇所であること並びに南側隣地の境には踏み分け道状の公道が存在することをそれぞれ説明した。

② 字實光の切図によれば、物件4は、おおむね三日月形の形状をした土地であるところ、植田の指示した右土地をC評価人が本件航空図に記入した結果(別紙(四)表示の物件4)も、おおむね右と同様の形状となり、両者はほぼ一致した。また、B執行官が⑥地点付近から遠望した結果、植田の指示した右土地は一見して林相又は地物上周囲から区別できた。

③ もつとも、右切図上、物件4は公道によつて周囲を囲まれているところ、植田の指示した右土地だけではそのような状況にはなく、同土地に崖下の平地部分を加えてようやく右切図上の同物件と一致するようにも思われたので、B執行官が植田に対し、その旨問いただしたところ、同人は、右平地部分はもとは物件4の一部であつたが、昭和三〇年代の終りから四〇年代の初めにかけて自分が土を取つて平地化したもので、昭和五四、五年ころ他人に売却し、兵庫相銀のために物件4に抵当権を設定した当時には除外されていた旨説明し、右説明に基づき同執行官が現認すると、平地部分にはごく最近まで土砂を採取した痕跡があつた。

④ B執行官は、右①ないし③の各事情並びに植田の指示した右土地に前記平地部分を合わせれば、公図上の公道との接地関係に符合すること、同土地は植田方のごく近くで、容易に望見できること及び植田の字名に関する指摘が正しかつたことなどを総合して、同人が物件の位置、範囲等を把握していると認め、同人の指示した前記土地を物件4と判断した。

(ニ) 物件5及び6

① 植田は、⑦地点付近において、この周辺一帯が物件5及び6で、その筆境は分からないこと、東側隣地との境界は、⑦地点よりも上(北西)方向は両物件の間を通る道B沿いにある畝であり、下(南東)方向は右畝に沿つた小道でこれが南側隣地である畑まで続いていること、西側隣地との境界は谷であり、これを上に登り、道Bより北は畝を境とし、前記東側隣地との境界に接すること並びに⑦地点の南側には墓地があり、これが物件6の墓地であることを指示した。

② B執行官が見分した結果、道Bの西側にこれにほぼ接続して畝が認められた。また、字薊谷の切図によれば、物件6中には墓地の表示があつたうえ、植田の指示した右土地をC評価人が本件航空図に記入したところ(別紙(四)表示の物件5及び6)、その範囲内に墓碑の表示があつた。

③ もつとも、植田の指示した右土地は物件5及び6の公簿面積よりも相当広いうえ、右切図上は両物件は接しておらず、その間に字薊谷五九五二番イの土地があつたので、B執行官がこれらの点を植田に問いただしたところ、同人は、枝川地区はすべて相当縄延びのある地区である旨及び公図にどうあろうと、両物件は一連の山林で、他人の山林は全く入つておらず、同人の先祖が代々前記土地を両物件として管理してきたが、紛争は皆無である旨説明した。

また、公図上は両物件の内部を通る公道がないにもかかわらず、植田の指示した前記土地内には道Bがあつたことから、B執行官がこの点を同人に問いただしたところ、同人は、道Bは昔からの公道ではなく、近年自分の土地を提供して町が開設したものであつて、分筆及び伊野町への所有権移転登記手続は行われていない旨説明し、また、同執行官が伊野町役場で右説明の真偽を確認したところ、町職員も道Bは町が開設した道路であるが、いわゆる行政のサービスとして行つたもので、道路部分を町有にする意向はない旨回答した。

④ B執行官は右①ないし③の各事情及び⑦地点付近に植田が自己の所有であると主張するシートで覆つた農業用資材(稲わら)があつたことなどを総合して、同人が物件の位置、範囲等を把握していると認め、同人の指示した前記土地を物件5及び6と判断した。

(ホ) 物件7及び8

① 植田は、⑨地点付近において、物件7及び8は、三〇年近くいつていないので、同土地に至る道はなく、刈り開いていかなければならないが、同地点から遠望できるので、同地点から両物件の位置及び範囲を指示すると述べたあと、両物件は南東方向の稜線上の五、六本立木がある箇所の下の段々畑状の箇所にあり、向つて右(南西)側隣地との境界はほぼ一列に生えている樹木の列であり、向つて左(北東)側隣地との境界は、畑の段の形状が異なつている箇所であること、上(南東)側隣地との境界は、稜線の森状となつている部分との境であり、下(北西)部との境界は、林相上明らかであるが、手前の山に遮られて⑨地点からは見えないこと並びに物件7と8との境界は、下段の畑を南西に延長した箇所であることをそれぞれ説明した。

② B執行官が⑨地点付近から植田の指示した右土地を見分したところ、同土地は明らかに周辺と林相が異なつていたうえ、これをC評価人が本件航空図に記入した結果(別紙(四)表示の物件7及び8)、右土地は図面上も周辺の畑地とは地物、地形が明らかに異なつた。

③ もつとも、物件7及び8は字横峯の切図上別葉に表示されているうえ、いずれも切図上の端の方に位置しているために公図上のつながりが明らかではなく、他の土地がこれらの間に存在するようにもみられたところから、B執行官がこの点について植田に問いただしたところ、同人は両物件はつながつており、他人の土地は全く入つていない旨説明した。

④ B執行官は右①ないし③の各事情を総合して、植田が物権の位置、範囲等をほぼ把握していると認め、同人の指示した前記土地を物件7及び8と判断した。

(ヘ) 物件9

① 植田は、⑩地点の南約一〇メートルの地点で北方を指示し、木の間にすき間のある点が畝であり、物件9の南西角(⑩地点)であること、西側隣地との境界は同地点から北へ向う踏み分け道状の畝であること並びに南側隣地との境界線は、⑩地点から東へ、南側の畑との境にある崖の上端沿いにまつすぐ下(東)に降り、道Cを横切つて⑫地点から南に降りてくる山裾及び水路までであることを説明した。また、植田は、他の物件について説明した後、再び⑫地点付近において、同地点より南が物件9で、同地点と⑬地点に所在するやや大きな雑木とを結ぶ直線が北側境界線であること、西側隣地との境界線は、同地点から畝を通つて⑩地点に至る直線であること及び東側隣地との境界線は下の谷であることを説明した。

② 植田の指示した右土地をC評価人が本件航空図に記入した結果が別紙(四)表示の物件9であるが、B執行人が見分したところ、右土地は周辺とは明らかに区別され、先に前記榊が同執行官に指示した土地の範囲とも一致した。

③ もつとも、字成福寺の切図によれば、物件9の境界線に沿つて公道が存在するにもかかわらず、植田の指示した右土地では、土地の中を南北に道Cが貫通していたことから、B執行官はこの点について同人に問いただしたところ、同人は、道Cは近年伊野町に土地を提供して造成されたもので、本来の公道は、道Cの下(東)側にこれに沿つて存在するが、使用されていないため、現在では判らなくなつている旨説明し、これに基づいて同執行官が見分したところ、山裾に沿つて道Cにほぼ平行して踏み分け道のようなものが見分された。

また、右切図上は物件9の境界に水路がなかつたにもかかわらず、植田の指示した土地の東側境界付近に水路があつたことについて同人に問いただしたところ、同人は、右水路は最近田地の耕地整理を施行した際に新設したものであつて、公図上の水路ではない旨説明した。

④ B執行官は、右①ないし③の各事情及び植田の指示した前記土地が同人方とも近く、北側境界付近で土砂を採取するなどして同人が土地を現実に管理しているとうかがわれることなどを総合して、同人が物件の位置、範囲等を把握していると認め、同人の指示した前記土地を物件9と判断した。

(ト) 物件10及び11

① 植田は、⑨地点付近で西側の山林を指示し、これが物件10及び11である旨述べ、両土地の境界については、右山林にあるやや大きな松の北側あたりをまつすぐ見通した線を指示し、これが筆界で、その北側が物件10、南側が物件11であると説明し、南側隣地との境界については、⑨地点の南方にある山桃の木の向い側の山と畑との境界を、東側隣地との境界については、道Dから東側の斜面部分をそれぞれ指示した。次に、植田は⑭地点付近において南東の畑を指示し、この畑までが物件10であり、西側隣地との境界は、右畑の西の縁を延長した線であり、北側隣地との境界は、右畑と果樹園との境界である旨説明した。更に、⑮地点付近では、道Dの上下とも同物件であり、下は谷までであると説明した。

② 植田の指示した右土地をC評価人が本件航空図に記入した結果は別紙(四)表示の物件10及び11であり、B執行官が現地を見分した結果も同人が畑と指示した箇所には畑があり、現実に管理の行われている状態であつた。

③ もつとも、字大ツエと大ナロの切図上は物件10及び11の中を公道が通つていないにもかかわらず、植田の指示した右土地のほぼ北西から南東にかけて道Dが貫通していたことから、B執行官はこの点について植田に問いただしたところ、同人は、道Dも自分が土地を提供して伊野町が造成したものであつて、公道ではない旨説明した。

④ B執行官は、右①ないし③の各事情及び植田において、物件10及び11はいつも通つて管理している土地である旨説明していたことを総合して、同人が両物件の位置、範囲等を把握していると認め、同人の指示した前記土地を両物件と判断した。

(4) 植田は、右現況調査当時五八歳であつたが、一時期を除き、出生後当時まで本件各物件の所在する枝川地区に居住しており、その先祖も少なくとも明治初年から同地区に居住し、昭和二年に取得した物件10を除く本件各物件を明治初年から引き続き所有、管理しており、B執行官に対して指示説明を行つた際も本件各物件の字名及び地番を知悉し、同執行官の質問にも即座に適切に説明し、その態度にも何ら不自然な所はなかつた。

(5) B執行官は、前記のように、植田の説明を信頼して本件各物件を特定したが、植田は、枝川地区に本件各物件以外にも共有物件を含め、約五町の土地を所有していたことなどから、これらの物件又はかつて自己が所有していた土地と本件各物件とを混同したり、物件の範囲を誤解したりして、実際とは異なつた説明を行い、その結果、前記二のとおり、本件各物件の中に実際とは違つて特定、評価されたものが生じてしまつた。

(二) そこで、右のように本件各物件の一部を誤つて特定したことにつきB執行官に過失があつたか否かについて判断する。

民事執行法五七条による現況調査は、最低売却価額を適正に決定するため、競売不動産の現状と権利関係を把握するものであり、その調査結果は、買受けの申出をしようとする者の判断資料にもなるから、現況調査を命ぜられた執行官は、これを行うに当たり、現地に赴いてその状況を見分することはもとより、必要に応じ、公図その他各種図面を入手して現地と照合し、債務者(所有者)、債権者及び隣地所有者らに質問するなどして、可能な限り正確に競売不動産の現状等を把握するよう努めるべき義務があるといわなければならない。しかし、実際には、現地指示、復元能力のある図面が整備されておらず(登記所における一七条地図の整備も進んでいない。)、当事者及び第三者の協力が得られないことも多く、また、被告主張のような執行制度上の制約もあるので、執行官が現況調査の際にどの程度の調査方法を講じるべきかについては、一律に論ずることはできず、それぞれの事案に則し、物件の特定等に必要と思料される範囲で調査を行えば足りるというほかないのであつて、原告の主張するように、必ず隣地所有者から事情聴取を行うべきであるとは断じ難い。そして、右必要性の判断は、事が執行官の認定の問題であることからして、執行官の裁量に委ねられていると解すべきであり、結局、この点に関する執行官の過失の有無は、右裁量ないし認定に不合理があるか否かにかかると考えるのが相当である。

これを本件についてみるのに、前記のとおり、B執行官は、調査当時可能な限り図面等を入手し(なお、同執行官が大図を見る機会がなかつたことも、前記認定のとおり、やむを得なかつたというべきである。)、現地において所有者、申立債権者、関係者などから事情を聴取した結果、本件各物件の指示ができるのは所有者である植田だけであると判断し、同物件の特定は主に同人の説明によつたものの、疑問が生ずればその都度質問して矛盾のない釈明を受けたほか、同道したC評価人の協力を得て本件航空図により物件の範囲を確認、特定したものであるから、現況調査として不十分であつたということはできない。そして、右調査当時植田以外に本件各物件を知る者がいなかつたこと及び前記認定の同人の指示説明状況に照らせば、B執行官がその説明を信用し、本件航空図と照合するなどして本件各物件を前記のとおり把握したことは、やむを得なかつたというべきであり、不合理とはいえない。

(三) 従つて、B執行官に原告主張のような過失があつたということはできない。

3  執行裁判所

(一)  本件競売事件でA裁判官が競売申立の際に債権者に本件各物件の案内図及び原告の主張するような登記簿謄本を添付させていなかつたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、民事執行法上、申立債権者がこれらの文書を提出すべき義務はないうえ、前記のとおり、B執行官は独自に本件各物件の登記簿謄本を閲覧するなどしその概要を把握したうえで現況調査を行つており、原告主張の文書等が提出されなかつたことは右調査上何ら支障を来たしていないと認められる。

(二)  A裁判官が本件各物件の物件明細書を作成するに当り関係者を審尋しなかつたことは、当事者間に争いがない。

しかしながら、執行裁判所の行う審尋は、執行裁判所において、裁判その他の執行処分をする際に事実調査の必要が生じた場合に、職権により簡易な形で証拠資料の収集のために行うものであるところ、〈証拠〉によれば、物件明細書作成の段階では、本件報告書、本件評価書を含む本件競売事件の一件記録上、本件各物件の位置、範囲につき特に疑問を抱く点はなく、前記の物件特定の誤りは売却許可決定後に判明したことが認められるから、A裁判官が右の段階で関係者の審尋をしなかつたからといつて、何ら不当な点はない。

なお、原告は、本件各物件が本件評価書上概測で評価されているにすぎないから、これを確定するために関係者の審尋をすべきであつた旨主張するが、〈証拠〉によれば、本件各物件の概測面積は、C評価人が現地で植田の指示した範囲をその場で本件航空図上に落とし、右図面上の土地につき三斜法を用いて算出したものであるが、これは、原告の主張するように巻尺で現地を測量(そもそも、それ自体本件各物件のような山林では著しく困難である。)するよりは、はるかに正確な測量法であることが認められる。右事実並びにもともと本件のような山林の競売事件では、物件の正確な所在及び範囲すら明らかでない場合が多く、まして関係人から物件の正確な実測面積を聞き出すことは、実際問題として、不可能に近いことをも考慮すれば、本件評価書が本件各物件を概測面積で表示しているからといつて、執行裁判所が更に右面積を確定するために植田、その他の関係人を審尋する必要があるとは到底いえない。

(三)  本件報告書、本件評価書及び物件明細書が一般の閲覧に供せられたことは当事者間に争いがないから、買受申出人は、これらを閲読することによつて、本件各物件が公簿上の面積と概測面積とで異なつていることを容易に知り得た筈である。また、一般に山林の場合、その実測面積と公簿上の面積とが異なつていることは経験則上明らかであつて、こうしたことは何ら特殊なことがらでもない。従つて、仮に右の面積の相違が売却の公告に記載されていなかつたとしても、手続違背であるとはいえない。

(四)  〈証拠〉によれば、A裁判官は、原告が本件執行抗告を申し立てた後の昭和五八年一月二七日に植田及び物件9の隣地所有者二名を審尋し、右審尋の結果、B執行官から「陳述書」の形で徴した現況調査の概要についての報告及び改めて伊野町役場から取り寄せた本件各物件の切図を検討したうえで再度の考案を行い、物件2、4、5、6及び9については売却許可決定が違法で本件執行抗告は理由があり、その他の物件については同執行抗告が失当であるとの結論に達したが、一部の物件について売却不許可決定を行い、その他の物件についてのみ同執行抗告が失当であるとの意見を付して事件を執行抗告裁判所に送付すれば、同一事件について処理の統一がはかれなくなるおそれがあるため、執行裁判所として右判断を示したうえで事件を執行抗告裁判所に送付したことが認められる。そして、同裁判官の取つた右措置は正当というべきであり、この点に関する原告の主張は採用できない。

(五)  〈証拠〉によれば、原告が昭和五七年一二月二三日に申し立てた本件執行抗告は、高知地方裁判所昭和五七年(ソラ)第四号として受理され、これに対して同裁判所は前記の意見を付して一件記録を昭和五八年二月一八日に高松高等裁判所に送付し、同裁判所は同日付けで右事件を同年(ラ)第七号として受理したことが認められるから、原告がその主張の補充書を提出した同年三月二三日には、記録を送付した後であり、執行裁判所(A裁判官)において、もはや右の補充された主張を前提とする審尋又は再度の考案をする余地はなかつたというべきである。

(六) 以上のとおり、本件でA裁判官が執行裁判所として取つた措置には、何ら違法な点はない。

四よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山脇正道 裁判官前田博之 裁判官田中 敦)

別紙(一)

目  録

1 高知県吾川郡伊野町枝川字奥竹ケ下四一九〇番

宅地 三九・六六平方メートル

2 同所字清水越五八四七番

山林 二九七平方メートル

3 同所字川原田五八四九番

山林 六・六一平方メートル

4 同所字實光五九四二番

山林 二六平方メートル

5 同所字薊谷五九五〇番

山林 三三平方メートル

6 同所字薊谷五九五三番

山林 三九六平方メートル

外墓地 一六平方メートル

7 同所字横峯五九九一番一

山林 三九六平方メートル

8 同所字横峯五九九五番

山林 一六五平方メートル

9 同所字成福寺六〇一三番イ一

山林 二一八平方メートル

10 同所字大ツエ六〇七八番イ

山林 一四八七平方メートル

11 同所字大ナロ六〇八〇番一

山林 八七二平方メートル

別紙(二)

1 物件2

別紙(四)表示の東仁淀病院の北東約二七〇メートルに位置し、付近には一戸建住宅もみられる地域である。物件2は大部分が崖地上で、地上立木も少ない。画地状況は、東西約五五メートル、南北約一五〇メートルのやや三角形画地をなしており、物件2内を幅員約三メートルの舗装農道が通つている。公簿面積は二九七平方メートルとなつているが、概測によると四四〇〇平方メートル程度あるものと推定される。

2 物件3

別紙(四)表示の八幡宮(以下「八幡宮」という。)の西方約一七〇メートルに位置し、付近は畑、竹林、雑木林の多く見られる地域である。物件3は北向に傾斜しており、一部平坦地を有するが、道路がなく、利便性に欠ける土地である。形状は東西約三五メートル、南北約五五メートルのやや不整形画地をなしており、地上には竹林を主として一部杉(三〇年生以上が若干ある。)もみられる。公簿面積は六・六一平方メートルとなつているが、概測によれば一八〇〇平方メートル程度あると推定される(所有者の話によれば一〇〇〇平方メートル以下だと考えられている。)。

3 物件4

八幡宮の北東約三七〇メートルに位置し、位置は農地、雑木林等の多くみられる地域である。物件4は東西約一三メートル、南北五五メートルの不整形画地で雑木林、崖地から構成されており、東辺の一部が幅員約三メートルの舗装農道に接面している。公簿面積は二六平方メートルとなつているが、概測によれば六〇〇平方メートルあるものと推定される。

4 物件5及び6

八幡宮の北東約五〇〇メートルに位置し、付近は山畑、山林等の混在した地域である。両物件は共に一体(所有者によれば北部が物件5、南部が物件6)をなしており、東西約四五メートル、南北約一二〇メートルの不整形画地をなし、北部を幅員約三メートルの未舗装農道が通つている。地上には雑木の他、一部松、杉等が存しており、評価上は考慮すべき必要がある。なお、公簿面積は物件5が三三平方メートル、物件6が三九六平方メートル及び一六平方メートルとなつているが、概測によれば両物件で三二〇〇平方メートル程度あるものと推定される。

5 物件7及び8

八幡宮の西方約八〇〇メートルに存し、付近は山畑の多くみられる地域である。両物件は、一体区画で東西六〇メートル、南北約三〇メートルの北西向に傾斜した休耕畑である。道路は約八〇メートル北方に存するが両物件には接面していない。公簿面積は物件7が三九六平方メートル、物件8が一六五平方メートルとなつているが、概測によれば一〇〇〇平方メートル程度あるものと推定される。

6 物件9

物件1の西方約六〇メートルに存する雑木林。東西約五〇メートル、南北約四〇メートルのやや不整形画地をなす西向傾斜地で、西部分に幅員約三メートルの舗装農道が通過している。若干ながら開発可能性を有しており、また、北端部が素造成されつつある。公簿面積は二一八平方メートルとなつているが、概測によれば一五〇〇平方メートル程度あるものと推定される。

7 物件10

八幡宮の北方約六八〇メートルに位置し、雑木林の多い地域である。物件10は東西約二一〇メートル、南北約一二〇メートルの不整形な画地をなしており、同地上を幅員約三メートルの舗装農道が通つている。地上立木は市場価値のあるものは少ないが、若干考慮すべきである。北端の一部(約三〇〇平方メートル程度)が畑として利用されている。公簿面積は一四八七平方メートルとなつているが、概測は一四〇〇〇平方メートル程度あるものと推定される。

8 物件11

物件10に隣接する雑木林で、東西約九〇メートル、南北約四五メートルの不整形画地をなし、同地上に幅員約三メートルの舗装農道が通つている。公簿面積は八七二平方メートルとなつているが、概測によれば二〇〇〇平方メートル程度あるものと推定される。

別紙(三)

1 国鉄伊野駅の北東方に直線距離で約三キロメートル、八幡宮の西南西約二八〇メートルに位置し、標高約二〇ないし五五メートルの北東向傾斜の林地(雑木林)で、南側の一部は裸地である。そして、土地内を幅員約三メートルの舗装農道が通つている。地積の概測は五二〇〇平方メートルである。

2 伊野駅の北東方に直線距離で約三・六キロメートル、八幡宮の北東約四〇〇メートルに位置する北東向のほぼ平坦な竹林で、すぐ南側を幅員約三メートルの舗装農道が走つている。地積の概測は四五〇平方メートルである。

3 伊野駅の北東方に直線距離で約三・七キロメートル、八幡宮の北東方約四三〇メートルに位置する南向傾斜の竹林で、東側の谷沿いを幅一メートルの林道が走つている。地積の概測は五五〇平方メートルである。

4 伊野駅の北東方に直線距離で約三・八キロメートル、八幡宮の北東約四七〇メートルに位置し、標高約三〇ないし七〇メートルのおおむね南向傾斜の林地で、物件6内を幅員約三メートルの舗装農道が通り、北東側にも小道がある。

別紙(四)地図〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例